人工関節センター長のご紹介
 藤岡幹浩人工関節センター長プロフィール
1988年 京都府立医科大学医学部卒業
1991〜1992年 ドイツ フラウンホーファー研究所へ留学
2002年 京都府立医科大学整形外科 助手
2004年 京都府立医科大学整形外科 学内講師
2005年 京都府立医科大学整形外科 講師
2004〜2009年 厚労省難治性疾患克服研究事業 特発性大腿骨頭壊死症調査研究班事務局長
2012年 京都府立医科大学大学院医学研究科 身体支持制御・骨代謝学講座 准教授
2013年4月〜 京都武田病院副院長 兼 人工関節センター長
京都府立医科大学整形外科 特任教授を併任
2015年4月〜 京都府立医科大学リハビリテーション医学教室 特任教授も兼任
日本整形外科学会専門医
日本リハビリテーション医学会代議員
日本リハビリテーション医学会指導医
日本リハビリテーション医学会専門医
日本リハビリテーション医学会認定臨床医
日本整形外科学会脊椎脊髄病医
日本股関節学会評議員
中部日本整形外科災害外科学会評議員

京都府立医科大学在職中は10年間に渡って股関節外科グループを主宰し、下肢関節外科の治療を担当。
趣味:ロックバンド(ドラマー)、海釣り(主に和歌山県)、犬と遊ぶ(マルチーズとトイプードル)
高校、大学はバドミントン部
藤岡人工関節センター長から一言!
 私の実家は大阪北摂にあり、大阪府立北野高校を卒業しました。京都府立医科大学に入学したときから、早いもので34年間京都に住んでいることになります。
 ドイツへの留学を終え、山科区の愛生会山科病院と大阪府守口市の松下記念病院に勤務したあと、2013年までの約11年間を京都府立医科大学整形外科のスタッフドクターとして過ごしました。下肢関節診療のチーフとして勤めていましたが、大学病院では臨床に加えて、教育と研究に対する取り組みが必須です。医学生や若手医師の教育や研究指導に費やす労力と時間は、おそらく皆さんが想像される以上のものがあります。学問としての基礎研究が優先され研究論文が重要視される状況では、臨床診療に充てる時間はかなりの制限を受けざるを得ません。手術そのものなど治療に直結するものは自身で対応していましたが、日々の病棟での患者さんとの接触などはおのずと希薄なものにならざるを得なくなります。
 私はもともと研究者というよりは一人の臨床医です。研究をするためではなく、患者さんを治療するためにこの道を選びました。今回、民間病院で思うままに采配を振るい、自ら積極的に診療を行う機会が与えられました。あらためて、これが天職だと自覚しています。
 当院の4名の整形外科医師は最も若手でも卒後17年目です。卒後10年目にもなれば、いずれかの病院で医長、部長を務めていてもおかしくないものです。自分自身、大学病院のスタッフドクターになったのは卒後14年目でした。そのベテラン揃いの医師チームを率いて、日々の診療にあたっています。
 大きな病院では若手医師を教育しなければなりません。そのため、外来での初期対応や入院患者さんの担当医などはいわゆる研修医クラスが受け持つことになります。しかし、当院では初診時から私自身が対応できます。入院された場合も私自身が一人で主治医を担当します。毎朝の回診から始まり、手術や術後リハビリテーションはもちろん、日々の湿布や便秘薬の処方に至るまで、全て主治医として濃厚に患者さんと相対しています。そして、無事リハビリが終了し、歩けるようになって患者さんが退院して行かれることが私の喜びでもあります。
 これまでは、患者さんの年齢が自分より上であることがほとんどでした。しかし、毎年1歳ずつ自分が年齢を重ねてきたことと、人工関節の進歩によって手術適応年齢が下がってきたことによって、最近は年下の患者さんを診る機会も増えてきました。手術を担当させてもらった患者さんとは一生のお付き合いをさせていただくつもりでこれまでやってきましたが、年下の患者さんが増えてくると自分自身の健康管理の大切さを痛感せずにはいられません。まあ、あと20年ぐらいは現役で頑張りたいと思っています。後継者も育ててきましたので、20年のお付き合いで勘弁してやろうかと思われる方はどうぞ当院へお越し下さい。明るく元気で美男美女揃いのメディカルスタッフとともに、これまたベテラン医師揃いの医療チームが、あなたをお待ちしています。ぜひ、旅行もスポーツもできるようになって、人生を謳歌しようではありませんか!